「娘への手術、面会禁止された父親の同意なしは違法」という判決報道についての雑感

医療同意と親権、インフォームドコンセントに関して考えさせられる裁判例。前提として判決文等を見たわけでもないのでこの事案事態の解決としての妥当性等はなんともいえませんが、ただ、判決内容だけが独り歩きして医療実務に影響していくことを危惧します。
 
医療機関では基本的に未成年者への医療行為の際の同意を比較的厳格に求める傾向にあり、それゆえに虐待等の理由で親権者の協力を得にくい未成年者の手術場面で苦労することは少なくないです。
一方で医療機関は必ずしも法的に正確な解釈のもと医療同意を求めているわけではなく、共同親権のうち片方の親のみの同意や親権者以外の同意、あるいは未成年者本人の同意のみで柔軟に対応してもらえることもあります。
これは法的にはグレーな対応といえる部分もあるけれど、未成年者本人の利益を考えると、親権者の協力をなんとか取り付けたり、親権制限の裁判をするよりも簡便かつ迅速であり、そうした対応を取ってもらえる方が助かるという面もあります。
この判決は親権に関する民法解釈を厳格にしていけば理解できる結論ではありますが、この影響で医療機関の医療同意の手続が厳格化、硬直化してケースバイケースな柔軟な対応が取られにくくならないか心配でもあります。
 
虐待等をする親権者であれば親権停止等の親権制限や児童相談所長や施設長の親権代行権限を行使して対応すれば良いではないかと思われるかもしれないですが、これらの規定が機能する場面は限られるのが実情です。
親権制限は虐待があれば当然に認められるようなものではなく、児相が介入、保護、措置が認められるような場合であっても必ずしも認められるものではないです。また未成年者本人も親との関係性を悪化させかねない親権制限の手続までは望まない、消極的であることも珍しくないです。高葛藤を抱いている親権者の同意を得ることや親権制限の手続を取ることを未成年者本人に考えさせること自体が未成年者の心身に悪影響を及ぼす恐れもあります。
 
また児相長や施設長の親権代行権限は親権者が死亡、行方不明のような場合の規定のため、親権者が存命の場合には基本的に使えないです。その結果、親権者の協力は得られないし法的に救済手段がない未成年者が生じます。こうした未成年者が医療行為等の場面で不利益を受けがちです。
 
医療行為の内容、必要性、緊急性によっては上記に関わらず例外的に対応できることもありますし、ときには医療機関側が法的リスクをあえて被ってでも未成年者の利益を優先して対応してくれることもあります。今回の判決が様々な事情で親権者に頼れず、親権制限の手続にも馴染まない中で必要な医療行為を受けられない未成年者の子ども若者がしわ寄せを食うことにならないか危惧します。
医療同意の意義は第一にインフォームドコンセントと本人の自己決定権の保障にあると思いますが、法的責任の部分ばかりが強調されると形式的な同意ばかりが厳格化して本人との関係での意思決定支援ないし代行支援の意義が薄まる恐れもあります。これは、未成年者だけでなく成人で身寄りのない障害者、高齢者等の医療同意の実務にも影響していくことです。
 
結果良ければ全てよしとしてしまうことでインフォームドコンセントを軽視する風潮が強まる恐れもあるためインフォームドコンセント違反について厳格に対応する必要性については理解できる部分もあります。ただ法的制裁のみでは形ばかりのインフォームドコンセントが進み、本人の自己決定権の保障や意思決定支援としてのインフォームドコンセントは広まらないのではないかという懸念もあります。
 
未成年者に関して言えば親権者への説明義務を尽くそうとしたのかという観点からの問題提起は理解できる部分もありますが、それと未成年者、特に親権者に頼れない未成年者が円滑に医療行為を受けられる権利の保障の問題は切り分けて議論が進んでいほしいと思います。